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赤塚不二夫 の5分以上の動画
赤塚不二夫関連のタグ
赤塚不二夫さん告別式 各界から参列

9:51
赤塚不二夫さん 告別式 各界から参列
漫画界からも藤子不二雄A、ちばてつや、松本零士、里中満智子、永井豪、梅図かずお、浦沢直樹、等々、そうそうたる巨匠の先生方が別れを惜しまれました。
タグ:赤塚
不二夫
告別式
投稿日: August 7, 2008, 2:58 pm
閲覧数: 64328
投票: 4.90(5点満点) 68 人の平均
赤塚不二夫とトンデモない仲間達!!1/8

9:16
1995年12月放送。下落合のアンディ・ウォーホルに合掌。
タグ:おそ松くん
ひみつのアッコちゃん
天才バカボン
もーれつア太郎
青島幸男
野坂昭如
投稿日: August 3, 2008, 11:42 pm
閲覧数: 60352
投票: 4.90(5点満点) 78 人の平均
弔辞 ( ノーカット版 )

7:58
弔辞
8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに本当に残念です。
われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品やその特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。10代の終わりから我々の青春は赤塚不二夫一色でした。
何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。『赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。』この突然の出来事で、重大なことに私はあがることすらできませんでした。終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから私のマンションにいろ』と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断をこの人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。
しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては深夜までドンチャン騒ぎをし、いろんなネタを作りながらあなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私にとって金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをする時も、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところを見たことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたは全ての人を快く受け入れました。そのために騙されたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことがありません。あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活全てがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このヤロウ逝きやがったな』とまた高笑いしながら大きな涙を流していました。あなたはギャグによって物事を無化していったのです。
あなたの考えは全ての出来事存在をあるがままに前向きに肯定し受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰(いん)の世界から解放され、軽やかになりまた時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
今、2人で過ごしたいろんな出来事が場面が、思い浮かべされています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外へのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで一生忘れることができません。
あなたは今この会場のどこか片隅にちょっと高いところから、あぐらをかいて肘をつきニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。
私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。
平成20年8月7日、森田一義
タグ:森田一義
タモリ
akatsuka
fujio
tamori
投稿日: August 7, 2008, 3:20 pm
閲覧数: 115050
投票: 4.90(5点満点) 254 人の平均
8/7 <追悼、赤塚不二夫>タモリが弔辞、これでいいのだ!!

4:39
◆タモリ弔辞全文◆
弔辞 8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。
われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け入れられました。10代の終わりからわれわれの青春は赤塚不二夫一色でした。
何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。終わって私のところにやってきたあなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。
それから長い付き合いが始まりました。しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。他のこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀で勝ったところを見たことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。
あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流していました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。
あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。
今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。
私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。
平成20年8月7日、森田一義
タグ:告別式
タモリ
弔辞
白紙
森田一義
投稿日: August 8, 2008, 2:10 am
閲覧数: 55263
投票: 5.00(5点満点) 42 人の平均
赤塚不二夫とトンデモない仲間達!!2/8

9:59
1995年12月放送。下落合のアンディ・ウォーホルに合掌。
タグ:タモリ
総務部総務課山口六平太
あだち勉
古谷三敏
ダメおやじ
とりいかずよし
投稿日: August 3, 2008, 11:47 pm
閲覧数: 32674
投票: 4.90(5点満点) 42 人の平均
赤塚不二夫とトンデモない仲間達 ~別れ

9:41
それから13年。トンデモない仲間達は再び集い、巨匠を涙で送った。
タグ:タモリ
山本晋也
北見けんいち
坂崎幸之助
高見恭子
おすぎ
投稿日: August 8, 2008, 1:16 pm
閲覧数: 12149
投票: 5.00(5点満点) 16 人の平均
赤塚不二夫さんの告別式 森田一義氏の弔辞

6:57
タモリ氏の弔辞です
タグ:タモリ
森田一義
投稿日: August 7, 2008, 7:20 pm
閲覧数: 76909
投票: 4.90(5点満点) 84 人の平均
赤塚不二夫とトンデモない仲間達!!3/8

9:56
1995年12月放送。下落合のアンディ・ウォーホルに合掌。
タグ:タモリ
三上寛
高見恭子
下落合焼き鳥ムービー
稲川淳二
怪談
投稿日: August 3, 2008, 11:53 pm
閲覧数: 28661
投票: 4.90(5点満点) 41 人の平均
さよならなのだ 赤塚不二夫

5:38
さよならなのだ 赤塚不二夫
タグ:さよならなのだ
投稿日: August 3, 2008, 9:31 am
閲覧数: 27189
投票: 4.70(5点満点) 26 人の平均
赤塚不二夫とトンデモない仲間達!!4/8

8:28
1995年12月放送。下落合のアンディ・ウォーホルに合掌。
タグ:タモリ
森田拳次
丸出だめ夫
三上寛
イヤミ
シェーッ
投稿日: August 3, 2008, 11:58 pm
閲覧数: 21458
投票: 4.70(5点満点) 30 人の平均
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